「幸せ」

2006年4月10日 恋愛
 「絶対に幸せにします!」

そのセリフは、切羽詰ったときにでるもんなんでしょか?
本当にその自信があるんでしょうか?
ドラマの再放送をなんとなしに見てて、すごく共感。
「幸せなんて強要出来るもんじゃない。すごく晴れた日に窓を開けて、いい天気だねぇ。なんていうのが幸せだったりとかして。」
確かにその通りだと思いました。
むしろそうです。

今までの人生を振り返って、幸せを感じた瞬間を紙に書き出したことがあります。一度だって一人で幸せを感じたことなんてありません。

朝起きて、窓から痛いくらいの日差しがさして、隣に好きなやつが寝てる。

寝る前に一緒に半目になりながら鏡に映る歯を磨く二人の姿。

二人で料理をしながら今日の学校での愚痴を聞く。

電車・バス待ちでベンチに座りながら今日も天気がいいなぁなんて、黄昏れる。

プラネタリウムに行って、星を眺めながら、途中で熟睡して、「ああ、もう終わっちゃったんだ」なんて、二人して半寝で思う。

学校帰りに意味もなくビル地下の駅の周りを何周も歩く。

目的もなく屋上に出て動物の鳴き声でる自販機で飲物買って、二人で一個を空ける。

天気がいいから海行くか!なんて、突発的に目的変更。

「雨だねぇ」なんて、退屈そうに喫茶店の窓から外を眺める。

そんな幸せな瞬間を作ろうとしてるもんじゃないし、与えられるもんじゃない。それ以前に頑張れるものはあるかもしれないが、そんな瞬間を幸せだと想えるかどうかだ。
ある映画では、「貴女を幸せにする自信はないけど、自分が幸せになる自信はあります!」なんて、セリフがあった。まさにそれだと思う。こいつとならそんな瞬間、瞬間が幸せになる。そう思えるかどうかだ。相手が同じようにそう感じれるのならば、きっと、一緒に幸せになれるだろう。
だから「絶対に幸せにします!」なんて、安易に言うもんじゃない。がまぁ、言いたくもなるわな!
「オレもお前も幸せになるから!」なんていうと若干、厚かましい感じだな。引っ張っていって欲しい女の子には、やっぱり「幸せにするから」って、言う方がいいんだろうな。

母の飯を一年ぶりに食べる。黙ってても飯がでる。皿も洗わない。

ファミレスで友人と飯を喰いながら、過去を語り、将来を楽しみに思える。

田舎で撮影されたビデオを観た。オレはオーストラリア。食卓で叔父さんと爺ちゃんが酒を飲みながらオレの話をしてる。
「おおおー!って来るンが大好きだった。」
「マコトは爺ちゃんの宝だからなぁ。」

留学出発前に卒業式にもらった色紙、メッセージたち。

幸せもんだよ!オレは。

でも
好きな人と夢で会えたら何度寝でもしてしまう、オレ。
本日15時起床・・・

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