高校一年。陸上部に入った。短距離でリレーを組むことになった。オレはとにかく、一緒に走る仲間ができたことが嬉しくて、これまた自分より速く走れるっぽい奴等を見つけて、目標もできた。負けたくない。でもそいつらとチームが組める。そのチームでも何処にも負けたくない。言うなれば、夢、希望みたいな楽しみができた。中でも一人は100メートルを10秒台で走るって言う奴がいた。オレはそれを本気で信じて、そいつについていこうって思った。半分そいつを中心にバトン練習とかもしたりした。が、どうもそれほど速いようには見えない。大会に出る。リレーのメンバー4人のタイムは似たようなもんだ。一人ほんの少し速かった。そりゃ10秒台で走れる奴だ。よっぽど調子が悪かったんだろう、それでも自分よりは速い。そう思ってた。陸上部の面子で着替えて、部室で学校が閉まる時間まで話して、副しんでラーメンを食う。そんな生活が楽しかった。また練習をする。どうもそいつは10秒台で走れるというほど速くない。だんだん疑問になってくる。走れない理由。携帯電話、彼女の話、テストの結果、あれをしたこれをしたどうやらどれもこれも嘘だった。中には本当のこともあっただろう。気がつくと、オレはひとつたりとも信じられなくなっていた。口も利きたくなくなってくる。一緒に走りたいなってまず思えない。イライラが募るばかりだ。その頃、そいつは誰からも信用されない奴になっていたと思う。
オレにはただ理解ができなかった。なんでそんなつまらない嘘をいくつもつくのか?
ついに爆発した。
ぶっ飛ばしてやりたくなった。国立競技場での個人100メートル。リレーのメンバー皆のタイムはそいつより速かった。それを機にオレは殴りかかる勢いで切れてしまった。そいつは何も言わない。沈黙だ。オレは喧嘩なんかほとんどしたことない。ビビリ屋の平和主義者だ。それでも殴りたくなった。嘘も止まない、オレの楽しみは完全にぶち壊し。理解ができなかった。
その日、最終種目のリレー、オレはアンカー、最終走者だった。そいつからのスタート。観客の応援が近くに聞こえる。バトンはいい感じでオレのところに回って来た。勢いよくリードをとる。あっという間にバトンゾーンのエンドラインに近づく、前走者の声が聞こえて、スピードを緩めるがラインを悠々に超え、オレはバトンすらもらえないまま、次々とゴールしていくアンカー達をただ呆然と眺める。オレに渡されるはずのバトンは地面に叩きつけられ、転がっている。
オレ一人のミス。
結果、失格だ。
観客席の応援団には目を合わせられたっけか?
4人で控え室に戻る。
その後のことはあんまり覚えてない。

 
さっきまで威勢よく吠えてたオレはもう自分のちっちゃさに情けなくなって、涙がこぼれそうになった。
周りもかける声すらみっかんなかったんだろう。それでもなんか慰めみたいなのを感じる。それが余計に涙をそそる。
オレは最後まで一人で着替えを過ごし、皆に会わせる顔もない状態。涙の波は何度も行ったり、来たりだ。
いつまでもこうしてはいられない。
選手控え室からタラタラ観客席へ向かう。途中、少し左にカーブした幅広い坂がある。坂の前でオレは一瞬、止まったかな!?坂の上に二人の人影が見えた。逆光。いい感じに夕日がオレンジに空を染めて、やたらと眩しくて、目も開けられない。それでも考えることなしに誰だかわかってしまう。
一人の影に押されたのはちっこい方の影。
気まずいながらも坂を登る。(その間、オレは何を考えたんだろう?言い訳でも考えたか?たぶんそれはないな。坂の上の様子でも伺ってたか?)
きっとオレは情けない顔をしていただろう。逆光でこっちからは影。向こうからは、くっきり、はっきりオレの顔にこれでもかってくらいのオレンジライトが当たってた筈だ。
気がつくと影はひとつになってて、でっかい方の影には「(余計な気使いやがって・・)」って思っただろうな。
目が合ったあいつは、ぼろぼろ涙をこぼして、オレの代わりに泣いてくれた。言葉にならない声で「っばい、でぇんじゅうぅじだのにぃ・・・」「(いっぱい練習したのにって言ったんだろう。)」とオレは涙を堪えるので必死だった。他にもなんか沢山言おうとしている。
あほかって言うくらい夕日が眩しかった。



少しして、皆のところに戻ると先輩は「お前が悪い!」って言ってくれた。無言で慰めてくれる奴、先輩にそれは言うなってつっこんでくれる奴。少しすっきりしたがあいつの顔はとても見れなかった。
その日からオレはそいつを無視し始めた。とにかく、オレが何をしてもそいつの嘘はやっぱり嘘で、オレはそいつを二度と信じることができない。そいつの側にいるのが苦痛だった。でもそいつは逃げなかった。何年も。オレはそいつのように逃げないでいられるだろうか?そこまで毛嫌いする奴から。
オレは話しかけた。高校を卒業して、今、ほんの少しだけ話をするようになった。一緒にサッカーをしたりもする。皆でうちに来るときはそいつも一緒についてくる。もうそいつの嘘は何年も聞いてない。それでも信じれないけど、いつか信じれるようになるかもしれない。そう思う。

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